宇部市の概要
宇部市は、山口県の西南部に位置し、南に瀬戸の海を臨み、山口市・美祢市・山陽小野田市などと隣接しています。明治以降、石炭産業で栄え、その中心企業「宇部興産」の企業城下町として知られています。また、市内にある野外彫刻美術館を含む常盤公園は、国内屈指の彫刻ビエンナーレ開催地として全国的に有名です。昭和59年(1984年)には、テクノポリス(高度技術工業集積地域開発促進法)の指定を受け、工業団地の整備・科学技術の蓄積などを推進しています。
宇部のあゆみ
宇部に、最初に人が住み始めたのは、西岐波の台地(長桝遺跡・南方遺跡)や常盤湖周辺で、1万数千年前の石器が出土しています。石材の一つである黒曜石は、大分県姫島や佐賀県腰岳産のもので、当時から交流があったことがうかがえます。弥生・古墳時代には、人々は稲作に適した低地に村を作って定住し、食糧を生産する農耕生活へと変化していきました。藤山にある松崎古墳からは、三角縁神獣鏡が出土しており、古墳の埋葬者が古代中央政権と深い関わりがあることを示しています。
平安時代になると、物部氏を遠い先祖とした地方豪族の厚東氏が、厚狭郡東部に本拠地を置いて、勢力を拡げていきました。7代武光は、治承9年(1185年)の壇ノ浦の戦いにて、源義経を援護して名声を馳せ、鎌倉幕府が開かれると、厚東氏は幕府御家人となり、長門屈指の武士になりました。
その後、14代武実のころには、鎌倉幕府討幕に参加し、その功績により長門国守護職に任ぜられました。以後も足利尊氏を助けて勢力を拡大し、長門国をまとめ、厚東棚井を本拠として厚東氏黄金時代を迎えると同時に、中世文化も花開きました。しかし、17代義武のころに、周防国守護の大内弘世によって攻められ、約400年にわたる厚東氏の時代が幕を閉じます。
戦国時代では、大内氏の守護代である内藤氏が、荒滝山に築かれた荒滝山城を居城とし、支配していましたが、江戸時代になると、毛利藩永代家老の福原氏が宇部領主となりました。福原氏は、鵜ノ島開作をはじめ、常盤池の築造や真締川の付け替えなどにより、耕作地を拡大し、幕末まで宇部地域の発展に力を尽くしました。江戸時代初めに船木村や宇部村で発見された石炭は、瀬戸内の塩田用としてその需用を伸ばし、明治時代以降は各地で炭鉱が開かれ、石炭産業が発展していきました。
宇部村は、人口の急速な増加と飛躍的な発展を遂げ、大正10年(1921年)に市制を施行し、宇部市となりました。以降、宇部市は石炭産業から化学工業へと転進し、幾度もの合併を重ねました。平成16年(2004年)には厚狭郡楠町と合併し、屈指の工業都市として、新たな一歩を進んでいます。
宇部の名前の由来
宇部の地名の由来については、諸説さまざまですが、下記のような説があります。
・「海辺」が転訛(てんか)して「宇部」になった
・この地域に、ムベ(トキワアケビ)が繁茂していたから
・「宇治部」という古代部民集団の居住に起因する
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宇部市立図書館附設資料館 |
| 住所: |
〒755-0047
山口県宇部市島1丁目4-55 [地図を見る] |
| 電話番号: |
0836-21-4510 |
| 開館時間: |
9:00〜17:00 |
| 休館日: |
毎週月曜日、月末、年末年始 |
| 入館料: |
無料 |
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